教科書には載っていない、音響BGM営業の現場で学んだ”ふさわしさ”の本質
営業の仕事をしていると、時として教科書には絶対に載っていない「本質」を教えられる瞬間があります。これは、私が郊外にある一軒の小さなお店で体験した、忘れられないお話です。
■ 塩対応から始まった、ある飲み屋さんへの訪問
そこは、どこにでもある普通の、少し年季の入った佇まいの飲み屋さんでした。特別なこだわりがあるようには見えず、飛び込みで営業に伺った私を迎えたのは、オーナーの冷たい一言。
「あっ!いらないいらない、うちは結構!」
典型的な塩対応に苦笑いしつつ、少しばかりの世間話をして引き上げようとした、その時でした。
「ちょいまち。そういえばあんた、有線の仕事なら、音楽に詳しいよな?」
オーナーの手が止まりました。理由を聞けば、お店のお客さんは昔馴染みの古い方ばかりで、店内のBGMには「オールディーズ」しかかけないのだといいます。
「お願いしたいのはさ、ちょっとこの音、聞いてくれるかい」
促されるままに店内へ入ると、ビールケースをひっくり返して板を乗せただけの椅子、壁には誰が描いたかも分からない、味のある絵の数々。そんな空間のテーブルの上に、ポツンと2本のスピーカーが置かれていました。
■ テーブルの上の2本のスピーカーと「壊したい」という一言
オーナーがCDプレイヤーの電源を入れると、木目スピーカーから流れてきたのは、誰もが知る有名メーカーのロゴが入った、クリアで澄んだ美しいサウンド。プロの私から聴いても、確かに非の打ち所がない「良い音」でした。
しかし、オーナーは険しい顔でこう呟いたのです。
「……なんかさ、音が味気ないって言われんだよね、お客に」
「そうなんですね。でも、綺麗な音だと思いますが……」と私が答えた、次の瞬間でした。
「このスピーカー、ぶっ壊したいんだよね」
「……はい?」
呆気に取られる私をよそに、オーナーは手際よく床に新聞紙を敷き、「そこ押さえろ!」と叫びました。何が起きるのかと思えば、手にしたかなづちを、その高級スピーカーへ容赦なく勢いよく振り下ろし始めたのです。
ドゴッ!バキッ!と、見事に潰れていく名門メーカーの筐体。
私は「何か変なこと言ったっけ!?」と頭が真っ白になりながらも、必死にスピーカーを押さえました。一台が終わってもオーナーの勢いは止まらず、もう一台も同じようにボコボコに叩き壊していきます。
「捨てたいわけじゃないよな……? 一体何をやってるんだ!?」
息を荒くしたオーナーが「おぉー、できたよ。お兄さん、ありがとよ」と不敵に笑いました。そして、何食わぬ顔で無惨に変形したスピーカーをもと通りに配線し、再びCDプレイヤーの電源を入れたのです。

■ 歪んだ『ドック・オブ・ザ・ベイ』が教えてくれたこと
流れてきたのは、オーティス・レディングの『ドック・オブ・ザ・ベイ』。
恐る恐る耳を澄ませたその瞬間、私は言葉を失いました。
確かに音は歪(ひず)んでいる。けれど、どこか割れた筐体から空気が漏れるようにして、音が、ボーカルの歌声が、生き生きと前に「跳ねて」聴こえてきたのです。長い営業人生の中でも、あんな音の響き方は後にも先にも経験がありません。
「やっぱ、正解だったわ。じつは、前からやりたかったんだよ。スピーカー壊すとどうなるか」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中で全てのピースが繋がりました。
オーナーは、最新のCDが持つ「綺麗すぎるデジタルな音」に満足していなかったのです。ビールケースの椅子、落書きのような絵、そして昭和を生き抜いてきた常連客たち。その愛おしいほど雑多で人間味あふれる空間に、ノイズのないクリアな音は「不釣り合い」だった。だからあえてかなづちで壊し、店に馴染む、生々しく跳ねる音を求めたのだと、やっと意味が分かりました。
歪んでいるけれど、最高にソウルフルな『ドック・オブ・ザ・ベイ』のボリュームを、オーナーはさらに上げました。その音は間違いなく、その空間のどこよりも輝いて、店全体に溶け込んでいます。
■「何が一番ふさわしいか」――店主が語った言葉
「お兄さん、悪かったな。手伝ってもらったから、有線加入するわ。これも何かの縁だしな。俺らみたいな商売してる連中は、みんな自分の店を愛してるのよ。見た目が良いか悪いかじゃなく、『何が一番ふさわしいか』をさ」
私は胸が熱くなりました。
それまでの私は、メーカー品や価格の高いものこそが「良いもの」だと信じ込んでいました。しかし、結局のところ、お客様にとって本当に必要なものは、高い安いでは測れないのだと、痛烈に再認識させられたのです。まるで、この一連のドラマチックな出来事そのものが、一編の濃厚な人間模様のようでもありました。
■ エピローグ:あの日の出会いが、今の私たちを作っている
あの日、新聞紙の上に転がった木っ端と、再び鳴り始めたスピーカーの音を、私は今でもはっきりと覚えています。
効率や数値ばかりを追いかけていては、決して届かない壁がある。常識破りの方法で、私に「空間と音の調和」の本質を教えてくれたオーナーには、今でも感謝しかありません。
あの出会いがあったからこそ、私たちは「カタログに載っている正解」を売るのではなく、その場所にしかない正解を、お客様と一緒に探すことを仕事の軸に据えるようになりました。今もなお、お客様の声を第一主義に掲げ続けているのは、あの店主が体を張って教えてくれた、たった一つの問いがあるからです。
「これは、この空間にふさわしい音か?」
【私たちが、お店に一番「ふさわしい音」を創ります】
オーディオの世界には、あえて音を歪ませたり、特定の帯域を強調したりすることで、レトロな雰囲気や居心地の良さを演出する技術があります。綺麗に整った音が、必ずしもその空間の正解とは限りません。
当社は、単に最新の機材を設置するだけでなく、オーナー様のお店への想い、そしてそこに集まるお客様の空気感に徹底的に寄り添い、世界に一つだけの「ふさわしい音響環境」をご提案いたします。
「うちの店、なんだか音が浮いている気がする……」
そんな違和感をお持ちのオーナー様、ぜひ私たちにそのこだわりをお聞かせください。

